16.あっ泥棒!あいつ泥棒だぁ。
そんな良い仲間に支えられ、高校生活を過していました。
いつものように朝、後輩達が迎えに来てくれました。姉が車を運転し、皆と通学します。
家を出たところに電信柱がありました。後輩に押され、ふと、電信柱に目がいき、そこにはある男性が立っていました。その時は気にもせず、家の隣の空き地で車へ乗り込んだんです。
その時、何か感じたのです。まだ、その時は何だか分かりません。私たちはそのまま学校へ向かいます。
家の前は一方通行で大きく家の周りを一周し、又、家の横を通ります。一周まわり、家の近くに来た時、先ほどの男性とすれ違いました。その瞬間「ピンっ!」と来たのです。
「あっ泥棒!あいつ泥棒だぁ。」
私は大きな声で叫びました。
「車止めて!どろぼうだぁ。あいつ絶対に泥棒だぁ。家に戻ってぇ!」
家に戻ると母に何か盗まれていないか尋ねました。
「ねっねぇ。なっ何か盗まれてない?」
辺りを見渡してみると案の定、手提げ金庫が盗まれていました。
(やっぱり・・・)
私は妙にこういう感が働きます。私はひと言、母に言いました。
「きっと、南東にある川で見つかるよ・・・」
二週間後、私の指摘どおりの場所で手提げ金庫が見つかりました。不思議なものです。
時は流れます。春に入学し、夏が過ぎ、二学期も半ばになると周囲は進路の話に入ります。私の周囲は、進学、就職と進路が決まりだしました。しかし、私だけが「蚊帳の外」。先生方も何を指導していいのか分からない様子です。その当時は、「何が出来るのか、何をして良いのか」分からず、流されて生きていました。
私は、私なりに進路について、色々と考えました。
「この間々親に迷惑をかけて生きていくのは嫌。だから自分の進むべき路は自殺かな・・・」
私の進路は自殺と考えるようになりました。
私は、誰にも言わず、死ぬ場所を探しました。とはいえ、中々死ねるものでもありません。そんな時、ある先生が言ってくれました。
「おまえコンピュータの勉強しないか?身障者にコンピュータの技術を習得させ仕事を斡旋してくれる作業所があるぞ!」
私は、その先生の勧めで、コンピュータの勉強をする為に作業所の試験を受けることになりました。
全国から30人が集まりました。定員は5名。テストが始まります。初めて一人で見も知らぬ施設へ。トイレも自分では出来ず、大変緊張しました。
試験の結果は合格。その作業所へ通えることになりました。しかし、私の前に難問が立ちはだかります。何故なら、その施設は全寮制なのです。トイレ、お風呂、着替え、すべてが自律していなければなりません。私は自分の身の回りの事が自力で出来ません。なので、そこへ入所出来ないのです。
(せっかく受かったのにぃ・・・)
私は悔しさでいっぱいです。結局、学校の先生方と話し合い、身の回りの事が自律するよう、「もう一度リハビリ訓練をしよう!」そういうことになりました。
今度は、入院中にお世話になったリハビリの先生方に相談しました。
「先生!入院中にしていない訓練。トイレ、お風呂、着替え、車の運転。もう一度リハビリをして自律させたいんだ!」
私は懇願しました。しかし、訓練の先生は冷ややかです。
「あなたの障害レベルで出来る事と出来ない事がある。おそらくボタンの無い洋服であれば着替えられるようにはなる。しかし、他のものは無理だよ。あなたはそんなに軽い障害ではないんだよ。何でも訓練をすれば出来るようになるものじゃないんだ。」
そう言われました。
私は思わず口にしました。
「やって見なければ分かりませんよ。」
そう言ってリハビリをお願いしました。
「まぁ出来る限りやってみるか。」
先生はそう言い、訓練の再開が決まりました。高校卒業後の私の進路はリハビリ訓練。他の生徒とは、少し違いますが進路が決まったのです。
一年と言うのは早いもので、あっという間に、季節は三月になり、卒業式です。
雨の日も雪の日も、家族と姉、陸上部の後輩、先生方。皆の手を借り、車椅子で通うことが出来ました。
進路はリハビリ訓練。まだまだ、先の見えない私の人生は続きます。
卒業式、私は先頭で入場しました。入場と共に溢れる涙を堪えきれません。複雑な、複雑な心境です。オリンピックを目指し、その先生を慕い入学。高校記録を目前に寝たきりに。そして、車椅子姿で復学。すべてを失い、そして卒業。なんとも言い表わせない心境が涙の量を増幅させます。
やがて式も終わり、担任、つまり陸上部の先生が近寄ってきました。そして、普段涙を見せることのないその先生も号泣です。私の頭に手を乗せ、呟いては私の頭を振ります。
「頑張ったな、頑張ったな・・・」
今もその言葉が甦ります。期待していた生徒が車椅子になり、今ここに卒業。
その先生の心中が手にとるように伝わってきます。それは私の人生の中で「師弟愛」というものを感じさせてくれた一瞬でした。
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第16話完 |
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